三島町
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炎の祭り サイノカミ
去る1月15日水曜日開催されました。
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この時期には珍しい晴れ渡った空に、ひとつひとつ小さな雪の結晶が朝日をうけて七色に輝き、美しく幻想的な空間に変わった場所にお邪魔してきました。
400年にわたるこの行事は、ここ三島が発祥の地と言われています。
戦時中も江戸時代にも、何度となく中止を言い渡されながらも、規模を小さくしたり、話し合いをして、今まで一度も途切れる事無く続いてきたそうです。
朝、8時、最初の神事『初田植え』が、行われました。
神社下を清なる空間にみたて、2礼2拍の儀礼を行い雪面に種もみを撒き水田とし、去年のうちに刈り取った
『稲』は、田の豊作を。
『松』は山林の安全を。
『豆』は畑の豊作を。
願い一年分の12ヶ所に植え付け今年の豊穣を願います。
そして、いよいよ、朝8時半、御神木迎えに山に向かいます。
その年、厄年にあたる家の山から、御神木となる木を提供され、切り出して来ますが、普段は、誰も入らない山の中なので『かんじき』を履いて雪の上に道をつくりながら向かい、前の人が作った道を歩かないと一気にひざまで足が埋もれてしまうのです。
『かんじき』を履いて準備オーケー 『かんじき』組を先頭につづきます 御神木を選びお祓いをします
人の手で切り倒します さし口と縄取りをつくります 枝を掃い山から引き下ろします
御神木を選びだしたら、その木に神を呼び込みお移りねがいます。お神酒と塩とするめを食べ厄落としをしてから作業に入ります。切り倒した木は、その場で枝葉を払い全員で両側に立ち、何か所か結んだ藤のつるから縄をかけ掛け声を合わせながら引いていきます。藤のつるが一番丈夫なんだとか、広場では、さし口となる穴を掘ります。
さし口を掘ります ワラを巻き飾り縛ります 集会所では『おんぺ』を切ります
500枚以上の『おんぺ』を飾っていきます 『おんぺ』を御神木に刺します いよいよ御神木を立てます
「さんさんよーい」宰領の掛け声に併せて立てます 北東に向け微調整をします 各家庭の御焚き上げの品を並べます
御神木が立つと、『おんぺ』に向かい「やー」「やー」「やー」と気合を入れた掛け声をかけ拍手と共に『サイノカミ』をお迎えします。『サイノカミ』は『おんぺ』に乗って清めの火と共にお帰りになり、新たなカミに鎮座していただきます。『おんぺ』とは神棚やしめ縄に飾る御幣(ごへい)を、「おんへい」と読み、「おんぺい」となまったためだそうです。
伊豆神社から清めの火をいただき、御神木の種火にし、その 『おんぺ』の燃え方で、その年の豊作を占いました。
午後7時いよいよ点火時間です 厄年の者と地元消防団で火を点けます 火は一気に燃え広がります
火が収まってきたら『だんご』や『もち』や『スルメ』を焼いて食べると今年一年風邪をひかないと言われています。
又、この火で手習い(お習字)を燃すと、字がうまくなると言われ、燃えた炭を痛いところに塗ると、痛みが無くなるとも言われています。
国指定重要無形民俗文化財に指定されている行事は、昔ながらの手作業で全て行われます。
御神木を立てる際のはしごも昔ながらの木のはしごで、大、小そろって要所、要所で使われます。また、上部を女性、根本を男性に見立てて大地に突き立てることにより子孫繁栄の祈りも含まれていて、桧原地区の御神木に下げられているワラの束は男性自身を現しています。
最後にこの炭を顔に塗り、厄落としをします。
みなさん途中には「木のはしごは、おもでー(重い)だよなー」「交代!腰痛になっちまった」とか、高齢化を思わせる言葉が聞かれましたが、「これは、日本酒(二本)じゃなく三本だから(お三木、お神酒)呑んでいいだぞ」など、お国ことばで、笑いをとりながら、和やかに楽しく、団結心を生み出し、村の伝承を若い人に伝えながら夜空を照らす火のまつりは、終わりました。
関東からの来場者もおり、なんと毎年、御神木迎えからお手伝いに来てくださっているとか、ありがたい話です。最後の炭は、塗るのはいいが、塗られるのは嫌!とか…お茶目な方もいました。
毎年、必ず1月15日に行われます。来年は是非みなさま参加してみてください。
西方地区のサイノカミ 滝谷地区のサイノカミ
あれが、男性を現すワラの束ですか テレビ取材も入った桧原地区のサイノカミ。
2月8日には『雪と火のまつり』が行われます。そこではもっと大きな『サイノカミ』が、みなさんをお待ちしています。こちらも、見に来てくださいね。