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2012年度から、当サイトでは、他地域から南会津へ移住してきた方、自宅と南会津の二地域に住まいを持ち生活している方にインタビューしてきました。次世代を担う若い世代から退職後の自由な 時間を楽しむ団塊世代まで、様々な立場の方々にお話を伺っています。 南会津での暮らしの魅力はも ちろん、移住前の奮闘や移住してからの苦労などについても詳しく聞いてみました。いろいろな視点からの経験者のみなさんの言葉はきっと、「田舎暮らしをしてみたい」と考えている方、南会津で新しいことを始めようと思う方の参考になるはず。
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2016年度掲載 |
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2015年度掲載 |
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2014年度掲載 21.渕上さん (只見町/移住/介護職) |
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2013年度掲載 17.安ヶ平さん (南会津町/移住/民宿、森林インストラクター) |
| 2012年度掲載 8.池谷さん (南会津町/移住/オーガニックショップ・レストラン等経営) 7.長谷川さん (下郷町/二地域居住/退職後の趣味や野菜作りを満喫) 4.大久保さん (南会津町/移住/スキー・MTBインストラクター)
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ご主人の松義さんは、23歳の時に大病を患った事がきっかけで、ヨガ修道場に入門しました。世界的ヨガ権威者の沖正弘導師の内弟子として修行し、みるみるうちに体調が回復しました。命を救われたヨガを教える事で恩返ししたいという思いから、世界各国でヨガの指導をしながら独自の実践哲学を確立して全国各地に展開しています。 只見町で二地域居住されているヨガ仲間の友人とのご縁により、只見を訪れるようになり、豊かな自然の魅力に惹かれて移住を考えていた頃、不動産業を営む友人が現在の古民家を紹介してくれました。 奥様のキエ子さんは、ガーデニングやスローライフに憧れていたので、田舎暮らしには賛成でした。近所の方に野菜作りを教えてもらってから、すっかりはまってしまい、冬以外は畑仕事に明け暮れています。 そんなお二人の夢は、自家製野菜でおもてなしをする農家民宿をする事です。
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西田さんは、前回ご紹介した佐藤さん ご夫妻宅にて約2ヶ月間の短期滞在をしました。 只見の大自然の中、ヨガ講師の松義先生のもとでの療養と執筆活動をして、自身が編集長を務める健康雑誌「ゆほびか」で、この体験を伝えたいという思いがありました。 山歩きやジョギング、瞑想、そして自然の恵みと愛情が込められた料理をいただく日々・・・こんなに自分の身体を大切にした事は初めてでした。 自然の中にいるとインスピレーションが強くなり、執筆も進みます。 身体と心が喜び、力強い生命力が湧き上がってくるのを感じました。
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昔から家族で釣り行くのが趣味で、仕事帰りにも釣りに行ける場所に住みたいと思うようになりました。そんな時、只見町地域おこし協力隊を知りました。当時の勤務先からは、思い留まるようにも言われましたが、両親からの「後悔しない決断をしなさい」という言葉で移住を決意しました。 地域おこし協力隊の活動では豪雪地帯の雪を生かした巨大すべり台を計画中です。 休日には、早朝から釣り三昧の日々を楽しんでいます。 只見は、疲れた身体も心もすっかり癒してくれる場所です。
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地域おこし協力隊の活動を知ってから、 一員になりたいと思っていました。場所は大好きな南東北地域と決めていて、震災復興の力になりたいという思いがありました。そんな時、只見町を知り、人の温かさに惹かれたのがきっかけで 只見町地域おこし協力隊に応募しました。 実際の活動をする中で、地域の慣習やチームワーク、目標達成の壁にぶつかりながらも、自らが地域を動かす力として活動できることを嬉しく思っています。 得意な英会話を生かして外国人の方への観光PRや、女性向けのお土産・特産品の商品開発、アツアツで食べるご当地グルメ・・・活動を通して実現させたい夢が沢山あります。
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群馬県高崎市出身の大竹さんは、宇都宮大学の現役の大学生です。 地域おこしや地域活性化などを目指した活動をしているサークルに入部して只見地区を訪れるようになり、自然や温かい人に惹かれていきました。そんな時、地域おこし協力隊募集を知り、より密着した只見での活動がしたいと思い応募しました。 見事に採用が決まり、1年間大学を休学して只見に住む事を決意しました。 主な活動は、空家活用促進隊として「只見町空家バンク」の構築に携わり、基礎を築きました。 地元の方々にも愛されて、地域の人との交流も財産のひとつとなりました。1年間の任期終了後には、大学卒業後の進路のひとつには只見町が候補として増えました。
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大学時代に地方の郷土文化に興味を持ち、仲間に誘われて「森の遊学舎」に通うようになりました。自然の中での遊びた暮らしの体験を通して、健康な心と身体を育てる保養キャンプ活動を行っています。そうした活動をしているうちに、南会津の自然が自分の身体や心にも良く合うと実感し、生活の場としても考えるようになりました。 そんな中、森の遊学舎での活動の中で現在の就職先に出会い、移住する事になりました。 移住後は・・・カモシカや熊、ネズミなど動物達との共存生活に奮闘した事もありました。そして、森の遊学舎での活動も続けています。寒仕込みの味噌を作った事があり、寒い地域
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フレンチシェフの山野辺さんが、22歳で本場フランスで料理を学んでいた頃に見たレストランの建物の雰囲気が良く、いつかはこんなお店を持ちたいという夢がありました。 それから料理人としてキャリアも積み、目標としていた40歳を前にしていよいよ自分のお店を持つことを考えていた頃、南会津の古民家を解体するという話を聞いて見に行くと、立派な古材を譲ってもらう事が出来ました。それらを保管してもらう数年の間、南会津に足を運んでいました。そのうちに南会津の四季や水や空気の美しさ、住む人の温かさに触れるうちに、昔から描いていた理想の場所だと気づいたのが移住のきっかけでした。 まず、良いと思ったらやってみるという性格なので不安や迷いも無く、念願のレストランをオープン出来ました。 予約制でフルコースを提供しています。 今後は自家栽培の野菜や自分で釣った魚などを使用してここでしか食べられない料理を提供する料理人人生の集大成にしたいと思っています。
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大学では考古学を専攻していて、縄文時代の舟を作るプロジェクトを立ち上げました。その後NPO法人となり、野外活動を通して子供達の心を育てる「根っこを育む自然学校 森の遊学舎」の代表を務め活動しているうちに、自分自身の暮らしを見直したいと考えるようになりました。 南会津にはボランティア活動で7~8年通っていて、自然や文化、人に惹かれていて、当時一緒に暮らしていた彼女(現在の奥様)も南会津を気に入ってくれたので移住しました。引越し後には「会津山村道場」で結婚式をして、参列者の方々にも南会津の魅力を伝えられて良い挙式が出来ました。 移住後に驚いたのは、-20℃の寒さを体感したときでしたが、四季がはっきりしている自然の美しさや、昔ながらの暮らしを自分達の手でつくる喜びを得られてとても満足しています。ライフワークとしている「火起こし」を、毎年地域の伝統行事「歳の神」でさせて頂いています。 震災後、放射線量の高い地域の子供達の避難場所として誕生した「こめらの森」 をつくり、これまでの学びをで自然の中での活動を通して子供達へ伝えたいと思っています。
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結婚を機に奥様のご実家である檜枝岐村に移住しました。 ご夫婦でスキー場でインストラクターを務める程で、豪雪地帯への抵抗は全く無く、雪が降るほどにワクワクしてくるのだそうです。 春~秋は「民宿 裁ちそばかどや」のご主人として、冬は尾瀬檜枝岐ガイドのメンバーとして活動されています。 独自の製法である「裁ち蕎麦」は、布を裁つように切る郷土の文化があり、早速、技術を習得して打ち手となり、イベントで振舞うほどの打ち手となりました。 地域の方々とのコミュニケーショは・・・専ら「飲みニケーション」との事。 南会津町は4つの酒蔵を持つ屈指の酒処。美味しい地酒を酌み交わし交流を図り、気付けば、すっかり地元に溶け込んでいました。
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高層ビルが立ち並ぶ東京で仕事をする毎日を過ごし、いつかは田舎でのんびりと暮らす事に憧れていました。友人に商会された南会津町の木賊温泉が気に入って何年も通っているうちに、この場所に住みたいと移住を決めました。 築100年の古民家が住まいです。独自の風情があり、リフォームが必要な箇所もありましたが、賃貸と比べて維持費もかかりません。寒さの厳しい冬ですが、雪国ならではの暮らし方を学び、知恵も使いながら過ごしています。 不動産情報が少ないので、住まいを見つけるまでには苦労しましたが、田舎のゆったりとした暮らしや人が性に合っているのでのんびりと充実した日々を送っています。
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知人に誘われたのがきっかけで伊南地域のイベントに参加。その後、伊南で働かないかと話をいただき、即決で徳島県からの移住を決意したそうです。 単身で移住後、ご縁があり田吾"作のご主人と結婚。子育てをしながら「民宿田吾"作」の若女将として切り盛りし、イベントの事務局などの活動をしています。 初めは「海外で暮らすよりも異文化」だと思ったこの地域の文化も今では伊南では、人が助け合って生きているということが本当にありがたいこと。子供もこれだけの自然に触れ、地域の人に助けてもらいながら成長していけるのはすごくよかったと話します。 伊南という文字を日本地図にくっきりと残したいというのが夢です。 (別ウィンドウが開きます) |
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東京都から南会津町に移住し、喫茶店ハーブ&クラフト花木香(はなもっこう)を営んでいます。 昔から山や自然が好きで南会津に渓流釣りに来るようになり、その時たまたま見つけた土地を買うことができました。東京では出来ない暮らしを、と思い切って移住を決めたそうです。 移住してからは、趣味の渓流釣りとハーブ栽培をして、自分な好きなことを満喫しています。 人との交流が目的で始めた喫茶店は個性的な方のほか、動物も訪れるとか・・・(笑)お店も忙しくない程度の来客がちょうどいいと話します。 「毎年違うことが起きるので楽しくて、南会津に来て本当によかった」と話す後藤さん。南会津の”人”の温かさと日本の原風景のような四季の移ろいを見ながらの毎日をたのしんでいます。
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新聞社に勤務されていたご主人が、当時もトレンドだった「田舎暮らし」の記事の取材のために南会津を訪れました。そのときの「木造りの家」の資料を家に持ち帰ると奥様がパンフレットを一目見て「ここに住みたい!暮らしたい!」と言ったのが移住を考えるきっかけとなりました。奥様の念願だった「木造の家」も完成し、初めて南会津を訪れてから1年も経たないうちに移住することになりました。 移住後の暮らしというと、多くの出会いや展開があり、ご夫婦それぞれが充実した毎日を過ごしています。ご主人は町で町民の健康増進を目的として取り組んでいる「太極拳」、奥様は大好きなお料理をいかし、地域の会社のみなさんの「お弁当作り」を楽しんでいます。 ブナ林を保護林にしようとする活動をしています。きれいな水や空気に恵まれた良い環境であるということを多くの人に知ってもらいたいと活動により力を入れていくそうです。
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岡山出身の菅家さん。東京で只見出身の奥様と結婚をしました。結婚を機に子育てなどの将来を考えたとき、只見の方が環境が良いなということで移住を決意。 移住するまで”自然”には全く興味が無かったそう。5月初旬、芽吹きはじめたブナ林に入ったとき、その美しさに感動したそう。初めて見た雪はまるで”ご馳走”だと思ったというぐらい、只見の環境はお気に入りだと言います。 そんな菅家さんは、JR只見駅構内にある只見町観光まちづくり協会で観光案内、特産品の販売、イベントの運営などの様々な活動の中で地域の活性化に取り組み、地域の方々と交流を深めながら活躍しています。
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「南会津に町外の若者を呼び、地域活性化事業を起こしたい」と南会津の方から相談を受けた大学の恩師から声がかかり、興味本位で行ってみようかなと思ったのがきっかけでした。活動の準備期間中、南会津を何度も訪れるうちに南会津の人と自然に惹かれ、移住に踏み切った松澤さん。 移住してからは、地域活性化のための活動を多くの人に知ってもらおうと、南会津の豊富な森林資源をフィールドとしてイベントも行っています。 移住してから毎日のように考えるのは”地域の活性化”。そんな松澤さんを地域住民の方も、とても応援してくださっています。
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大学生の頃から始めた大好きな登山がきっかけで只見を訪れました。その時”新緑のきれいさ、水のきれいさ、山菜の美味しさ”に感動。その1回で只見の山が大好きになった渕上さん。十数年只見に通い続けました。 移住なんて考えてもいなかったのに田舎暮らしをする友人をみて、田舎暮らしに憧れ…「私が暮らすならやっぱり只見!」と即決。憧れから1年足らずで只見に移住をします。 移住をしてからというと人生初の野菜栽培や編み組細工に挑戦。「わからないことは地域の方がなんでも教えてくれるから」と都会の生活にはなかったご近所付き合いも貴重な時間といいます。 大好きな山を見ながらの生活に幸せを感じ、登山や音楽の趣味を楽しみながら暮らしています。
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土器屋さんは現在、4人の子供たちと一緒に南会津町で暮らしています。ご主人は千葉県の自宅で単身赴任生活。そんな別々の暮らしを決断したのは、数年前の夏休みに南会津町に泊まったことがきっかけでした。 ぜんそくやアトピーもちで毎晩熟睡することのない子供たちが、南会津で暮らした夏休みの夜は一度も目覚めることなく朝までぐっすり眠ってくれたというのです。症状に振り回され疲弊していた家族にとって「まさにミラクル」と表現するほどうれしい事であり、移住するのに十分なきっかけとなった出来事でした。 「健康な身体に育ってほしい」、そんな願いを叶える南会津町での生活は、慣れない近所づきあいで戸惑うことも多いながら、徐々に自分の居場所を見つけて現在では南会津のそば畑でヨガスクールを開講するなど積極的に活動する日々。子供たちも自分で楽しみを見つけて遊ぶ能動的な子に育っているそうです。
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南会津郡只見町は雪国会津の中でも一・二を争う豪雪地帯。そんな豪雪地帯の中でも特に雪深い毘沙沢(びしゃざわ)地区に住むのは、千葉県柏市から定住された今井さんご夫妻。 以前は、誰もが知っているようなビルやホテルの建築に携わる建築家として活躍。趣味は家具作りで、家具製作用に材料や機材を置く工房が欲しくなり、現在の土地に築250年の古民家を購入。ご自身の手で数年かけてリノベーションして住んでいます。 「田舎は楽しいことばかりではなく、大変な事もいっぱいある。でもそれをひっくるめて"人間的な暮らし"と言えるのかも」と語る今井さん。生きることを楽しむ、そんなささやかで贅沢な暮らしを実現しています。
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子どもの頃から山や自然が好きで会津へ来る機会が多く、以前から移住を考えていたという安藤さん。ある日東京から会津へ向かう途中で道を間違えて只見へ来てしまったことが只見との出会い。ちょうど紅葉が美しく、一目見たその時から只見に住もうと決断したそうです。 移住してからの暮らしは出会いが多くとても新鮮な毎日。東京で仕事をしていると相手のほんの一面しか見る機会が無かったが、ここでは家族ぐるみでいろんな話ができる。自然が好きで移住したけれど、素朴で飾らない「人の魅力」に惹かれていると安藤さんは言います。 周囲に薦められ、東京にいた頃から続けている染物の経験を活かして講師として活躍。教えることで新たな発見と喜びがあると、新鮮な驚きの毎日です。
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都内の流通会社でバリバリ働く仕事人間だった安ヶ平さん。以前から「35歳を区切りにしたい」という気持ちがあり、高い評価も役職も手中にあった会社を35歳できっぱり辞め、南会津へと移住しました。 ペンション経営の傍ら、趣味でよく訪れていた近所の製材・家具製造の会社で社員として誘われ、地元企業に就職したのが地域を深く知るきっかけに。「なんとなく座りが悪かったのが、居場所を見つけてしっかり根を張ることが出来た気がします。」 自由になった時間で、薪を切ったり家の修繕をしたり、これまでお金で解決してきたことが自分で出来ると考えると、お金は少なくても充分豊かな暮らしが出来ると安ヶ平さん。この地に来て20年が経ち、人間なら成人となる年月を経たことで、これからは"いち住人"として地域に積極的に発言していこうと決め、現在は地域活性化のための人材育成に取り組んでいます。
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千葉県在住でIT企業に勤務していた野田さんの趣味は自転車。たまたま見た自転車雑誌に南会津ツアーの募集が載っていたのが南会津町との出会いでした。 初めて訪れたのは14年前。そのときの自然の美しさ、人々の温かさ、美味しい料理や地酒など南会津の虜になってしまい、以来毎年のように訪れては自転車に乗る生活を続け、昨年ついに二地域居住を開始。そして南会津の素晴らしさをもっと多くの人に知ってもらいたいと自転車ツアーの企画運営を行うNPO法人を設立。さらには南会津への企業誘致など地域貢献を行っています。 野田さんがここまで南会津に力を注ぐ理由を伺うと、南会津ならではの人の温かさに触れたエピソードを話してくれました。詳しくは動画でどうぞ。
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埼玉県から南会津町へ移住、民宿「田舎宿 あり賀」を営む有賀さん。移住前のコックの経験を活かした民宿は、「中華料理のフルコースが食べられる宿」として人気があります。 昔から星が好きで、自分で宿をやりたいと思ったとき、星がきれいな場所として以前から目を付けていた南会津にしようと決めました。移住した地域はスーパーなど生活に必要なものが近くにありながら自然が豊かで、とても住みやすいといいます。 有賀さんは、宿泊業以外にも様々な顔を持っています。南会津で「第九」を歌いたい!と自身が団長をつとめる合唱団を率いてイベントを主催したり、南会津の代表的名勝地「駒止湿原」のガイドをしたり。今では、南会津の古式ゆかしい伝統的祭り「会津田島衹園祭」で太々神楽の舞方を任されるまでに。地元の人と同等、それ以上に地元を知る、すっかり南会津の人となっています。
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南会津町南郷地区で新規就農し、南会津のブランド野菜「南郷トマト」の生産を行う阿久津さん。農業の経験がないまま飛び込みましたが、JAや自治体のバックアップにより、現在は南郷トマトの若き生産者として期待される存在です。 移住にあたっては本人の勢いだけで決めてしまい、奥様の心の整理がつかないまま連れてきたのだそうです。最初の2年は奥様に精神的負担をかけてしまい辛い思いをさせてしまった、と当時を振り返ります。やがてお子さんが入学し学校のつながりで知り合いが増えたことで、奥様も地域になじみ、4年経った今では家族で協力しあって南会津での毎日を過ごしています。 農業の仕事の無い冬は、これまでの趣味や経験を活かしてテレマークスキーや山岳ガイドとしても活躍。南会津の魅力を伝える活動も積極的に行っています。
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齋藤さんは、定年退職後、東京と下郷町の二地域居住をしています。 廃校になった学校を借りて「アトリエ ボッホ館」と名付け、下郷町で創作活動を開始。工業系廃棄物を使ったリサイクルアートを中心に制作しています。 引っ越してきた頃は地域の人と打ち解けるまで心配していましたが、ご挨拶にと近所に配った自作のフクロウの置物が好評で皆さんが玄関先に飾るようになり、いつのまにか"フクロウ通り"が出来ていたと嬉しそうに語ってくれました。 最初は「定年後に1年だけ充電期間」のつもりで来たのにすっかり気に入ってしまい、はや10年。東京で暮らすご家族も、好きなだけやったほうが良いと背中を押してくれています。現在は、下郷町に多く存在する書や絵画・手工芸のアーティストの方々と展示会を開くのが目標です。
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高野さんは、横浜から只見町へ移住し、昭和の"貸本漫画"を中心に今では貴重な漫画の数々を手に取って読むことが出来る「昭和漫画館 青虫」を運営しています。 趣味で収集した貸本漫画が自宅に入りきらなくなり、只見町のお隣・金山町の倉庫を借り、いずれはこれらを展示する施設をつくりたいと思っていたところ、只見町の古い教会が売りに出ていたため購入。お子さんの学校卒業を待って移住しました。 「建物が大きいから冬の雪かきは本当に大変。でも、周囲が田んぼに囲まれていて季節の移り変わりを肌で感じられるのがいい。田植えの頃になるとかえるの大合唱が始まり、心がなごみます」と環境の良さを実感しています。
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千葉県で暮らしていた頃から田舎暮らしに憧れ、旅行がてら4年ほど移住先を探しに各地を歩いた落石さん。福島県が気に入り、県内に絞って物件を探すうち、田舎暮らしの情報誌に、現在の住まいが載っているのを見つけて、ここに住むことを決めました。 当時、ご主人は仕事があったため別居生活。退職後、ふたりで田舎暮らしを満喫しています。ご主人も畑仕事がずいぶん上達したのだとか。 落石さんはパンづくりや手工芸と多趣味で、こちらでできた友人に請われてパン教室やかご編み教室をひらいています。ゆくゆくは自宅の隣にある工房で作品を展示販売したいと、夢は広がります。
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東京で設計の仕事に就いていた望月さんは、古民家再生の仕事に憧れ、今の親方に弟子入りするため移住を決意しました。 当時まだ結婚していなかった2人ですが、奥様は望月さんが移住することに全く反対しませんでした。同業者として古民家再生の夢を理解し、望月さんは単身下郷町へ。住まいや生活は親方がめんどうを見てくれ、集落の人々もこまごまと気にかけてくれたそうです。そして数年後に結婚。結婚式は集落内の廃校になった分校で行われ、親族・友人・集落の人々も参加した盛大であたたかな式となりました。 お子さんが生まれ、震災と原発事故で子育てについて親戚・友人から心配されましたが、自ら線量を測って安全を確認し、安心して暮らしています。 一軒でも多くの歴史ある住まいを再生し、将来は自分の家も自分で手掛けるのが、望月さんの目標です。
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池谷さんは化学物質・電磁波過敏症という病をわずらい、生まれ育った横浜に住めなくなり、療養の地を求めて各地を探していました。南会津に来て、空気と水の環境、空の広さ・きれいさ、都会とは比べ物にならない環境の良さに惚れ込み、奥様・子ども達と南会津への移住を決意しました。 南会津での暮らしで病状は回復し、新鮮な野菜やオーガニック商品を取り扱う「あらかい健康市場」をオープン。ひとりでも多くの人に食の大切さに気付いて欲しいと講演などの活動を続けています。 また池谷さんは、同じような病気に苦しむ人の療養施設として「あらかい健康キャンプ村」の運営も行っています。人工的なものに囲まれない、「なんにもない」という最高の贅沢な環境で健康を取り戻す人が少しずつ増えています。
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下郷町の滞在型市民農園「クラインガルテン」で、栃木県南部の自宅との二地域居住をしている長谷川さん夫妻。以前は北海道のクラインガルテンを利用されていたそうで、その土地ごとの野菜づくりを楽しんでいます。 きゅうり、なす、ししとう、じゃがいも、まめ・・・なんでも挑戦し、豆だけでも8種類の収穫に成功。冬はあずきで自家製あんこを作ってたい焼きを焼いたり木工をしたりと、1年を通して熱中できるものがあり全く飽きないと楽しそうに語ってくださいました。 北海道では冬の滞在が出来なかったので、下郷での雪に囲まれた生活が新鮮なのだとか。家の前からスキーをはいて山を滑り降りるのがとても気に入っているそうです。
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渓流釣りが好きで30年以上も南会津に通っていたというご主人。ずっと田舎暮らしがしたいと思っていましたが、奥様に「定年になってから」と止められ、無事に定年まで勤め上げ、長年の夢だった古民家での第二の人生をスタートさせました。 最初は方言にとても苦労したとか。村の集まりではその都度聞き直すこともできず、仲良くしてくれている方に確認しに行くこともしばしば。慣れるまで時間が必要でした。 また、好きな釣りをやってのんびり…と思っていたのに、近所の人が農地を貸してくれて、野菜の手入れをしたり季節ごとの道具の支度をしたりと想像以上に忙しい日々。「農業じゃなくて漁業に専念したい・・・(苦笑)」と本音をこぼします。 独立したお子さん達は、お孫さんを連れて遊びに来て、田舎の環境を満喫していくそうです。
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東京でのサラリーマン生活から、「一国一城の主になりたい」と農業への転身を決意。トマト農家として独り立ちし、奥様・お子さんと只見町で暮らして6年が経ちました。 「村の人みんなで、共用する用水の管理をしたり、林道の草刈りをしたりと地域の作業がいろいろあるんですが、自分はそういう集まって何かやるのは嫌いじゃないので率先して参加しました。おかげで村の人と親しくなれて、いろいろな場面で助けてもらっています」とすっかり地域に溶け込んでいる様子。 趣味だった和太鼓にみんなを誘ってリーダーとして活躍。地域行事などで演奏活動も行っています。
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大久保さんは、本格的にスキーがしたいと、条件の揃った南会津町高杖(たかつえ)で学ぶことを決め、スキー場で働きながら腕を磨いてきました。 シーズン以外の時期は県外のゴルフ場でキャディマスターなどをしていましたが、スキー場の新たな事業に誘われたことがきっかけで定住を決意。現在、夏はMTB(マウンテンバイク)のインストラクターとして活躍しています。「これまで夏はこっちにいたことが無かったから、こんなにきれいな所だったんだな、って改めて感動しました」と夏の南会津も満喫しているようです。 「新しい事業をもっと大きくしていきたい。夏もたかつえに沢山お客さんを呼びたいですね」と未来を見据えています。
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安藤さん夫妻は、春~秋は南会津町で飲食店を経営し、冬は自宅の埼玉県へ、と二地域居住を実践しています。 南会津町に住まいをかまえたきっかけは、お二人ともスキーが好きで南会津町へ通っていたから。親しくなった貸スキー屋さんのおじいさんの世話で、住まいを見つけることができました。お子さん達が独立し、ご主人の定年をきっかけに本格的に南会津での生活と飲食店経営を開始。今では、尾瀬などに行くついでに必ず寄ってくれるお客さんもできました。 「のんびり暮らしたいというだけでなく、何がしたいかはっきりビジョンをつくること。想定外のことが色々あるし、思ったことの半分も叶わないかもしれないけれど、あきらめないでほしい」と田舎暮らしを考える人へアドバイスを送ります。
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東京でバリバリ働いていた石橋さんは大病を患うなどのきっかけで価値観が変化し、田舎に移住しようと思うようになりました。海外も含め移住先を探し、新潟の古民家を見に行く途中にたまたま通りかかった只見で環境に一目ぼれ。現在は病状は回復し、娘さんと二人で只見町に住み、東京で仕事を続けるご主人も休みの日に只見へ、という生活を送っています。 病気のこともあり人と会いたくなくて田舎に来たつもりが、ご近所さんと仲良くなり、想像以上に田舎に適応し田舎暮らしを楽しんでいるという石橋さん。この地での様々な出会いに感謝し、恩返しがしたいという思いで只見町の議員も務めています。この町と人々を明るい話題で元気にしたい!と毎日奔走しています。
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千葉県浦安市から只見町へ移住。古い民家を購入し、退職前の経験を活かしてビストロ「番所茶屋 叶屋」をご夫婦で営んでいます。 「いつかは田舎暮らしがしたいね」と話していた伊豆さん夫妻。只見の圧倒的な自然に魅了され、ほとんど即決で只見への移住を決めました。 雪が多いことに苦労しながらも、地域活動を通してたくさんの地元の方々と交流し、美しく豊かな環境に囲まれる毎日。そんな小さなひとつひとつが幸せだと実感しているそうです。 「只見は本当に素晴らしくて貴重な環境なんだって、他県はもちろん、地元の方々にも知ってほしい」只見の魅力に惹かれ移り住んだ人だからこそわかる、只見にしかないものを広めていくのがご夫婦の目標です。
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