
|
はじめよう 田舎暮らし 31
|
|
(左:大西琢也さん 右:半田翔太郎さん)
~半田 翔太郎さん~
【2015年に東京都から南会津町に移住】
南会津で田舎暮らしをはじめたきっかけは…
東京の大学に通っていた学生時代に、地方の郷土文化に興味を持ち、仲間に誘われたことがきっかけで南会津町にあるNPO法人「森の遊学舎」に通うようになりました。 「森の遊学舎」では子供たちの「保養キャンプ」活動を主に行っています。「根っこを育てる教育」というスローガンのもと、自然の中での遊びや暮らしの体験を通して健康な心と身体を育てることを目的としています。そうして活動をしているうちに、南会津の自然が自分の身体や心に良く合っているという事を実感して、生活していく場所としても魅力的に思っていました。 そんな中、ここでの活動を通して、現在の勤務先である(株)EWMファクトリーの存在を知り就職する事が決まり、移住してきたのが2015年5月でした。
移住後の暮らしについて
半田さんが割った薪(左)、月見風呂が楽しめるドラム缶(右)
朝は「こめらの森」で、薪割などの子供達がキャンプをする為の準備をしてから出勤をします。 冬の慣れない雪道運転では、車を木にぶつけて大破させてしまった為、しばらくの間は自宅から会社まで歩いて通勤していました。 地域の情報網は小さいが故、とても早いです。車をぶつけてしまった事も、修理に出して直った事も、翌日には知れ渡っていました。 積雪の多い日、かんじきを履いていれば楽に歩けるだろうと思っていましたが、腰の高さにまで積もった雪の上を歩くのは、思いのほか大変で会社に着いた頃には汗で服がすっかり濡れていました。 山道を歩く時は、クマに出会わないように歌を歌いながら歩いたり笛を鳴らしながら歩いた事きます。ある日、「カモシカ」に遭遇した事がありました。 「ここは自分の場所だ!」と言わんばかりにカモシカに威嚇されながらも、どちらが道を譲るのか?無言の押し問答をした事もありました。 その結果…このままだと会社に遅刻してしまいそうな時間になり、根負けした半田さんが遠回りして会社に向かう事を決めて、カモシカに道を譲る事にしました。 その後、偶然通りがかった会社の人の車に乗せてもらう事が出来たので遅刻せずにすみました。これも「自然の摂理に合っていた」という事なのでしょうか…。
ショックだった出来事は…
現在、住んでいる家は築30年程の空き家でした。入居前の補修期間などもあり、人が住んでいない期間が長くなっていたので、ネズミの住みかになっていました。 家中の柱には、ネズミがかじった跡があり、電気を消して眠ろうと思えば、屋根裏でネズミの運動会が始まったり… 衝撃的だったのは、布団までネズミに食べられてしまった事。 そして、スーツケースに入っていた米も、開いていた隙間から入ってネズミに食べられてしまった事です。
今後の目標など
周りからは大変だと思われるような事も、実は…楽しんでいたりもします。 寒い冬があるからこそ、寒仕込みの美味しい味噌を作ることが出来たり、厳しい冬の季節も地域の人々で助け合い支え合いながら乗り越えようとする事が出来ます。それらは全て必要な事で、大変に思われるような事も、自分にとっては楽しみのひとつであったりします。
「発酵」という言葉が好きです。
「森の遊学舎」の活動で子供達と味噌作りをする機会がありました。 料理をする事も好きなので、出来上がるのがとても待ち遠し良いです。 発酵前の味噌は、塩辛くて食べられませんが、1年かけて樽の中でゆっくりと熟成されると 甘く変化して旨味が増すという変化は、とても魅力的です。 そんな「味噌」のように、これまでに出会った人、関わりのある人達との関係も、じっくりと 深めていきたいと思っています。
(株)EWMファクトリ―にて
勤務先にも先輩移住者がいて、「家に帰ると玄関先に野菜などが置いてある」 という話を聞いていました。「そんな事が本当にあるのか?」と思っていましたが、地域の人達とも関わりを持つようになると、本当に同じ出来事が起こるようになりました。 そんな出来事に感謝しつつ、本当に良い場所だなと感じています。
動画でも是非ご覧ください。
|
|
◆大西さんの事「見たことある!」という方もいらっしゃるのでは? ・2001年TVチャンピオン「サバイバル野人王選手権」で優勝!! ・2015年11月9日放送「月曜から夜更かし」 <超マイナーな世界チャンピオンを調査>に出演! などなど、TVにも出演されることがしばしばある方なんです! 今回、南会津への移住についてやお仕事について等、沢山お話ししていただきました。動画では収まりきらないほどのお話をこちらでご紹介します! |
|
|
←大西さんのブログ「野人魂」 詳しいプロフィールが知りたい方はこちらをクリック! |
|
◆移住は必然だった?大西さんのバックボーン◆ |
| 小学生位の時に「土器のかけら」を拾ったことと、映画「インディージョーンズ」を見たことがきっかけとなり、大学で考古学を専攻しました。国内外の遺跡発掘調査に従事していたところ、日本列島の縄文人は素晴らしい文化を持っていたと知り、それを勉強するだけではなく自分でやってみたいと思ったんです。 |
|
◆移住のきっかけとなる「森の遊学舎」◆ |
|
|
群馬県で縄文時代の船「丸木舟」を作るプロジェクトをしていた時に、プロジェクトメンバーと地元の人達との交流が始まり「この素晴らしい森の事を伝えていく団体を作ろう」と「森の遊学舎」が誕生しました。その当時は任意団体でしたが、数年してNPO法人になり、2代目の代表をやらせてもらうことになりました。 |
|
|
森の遊学舎のコンセプトは「根っこを育む」。人も組織も巨樹のように成長したければ見えない部分「根っこ」を伸ばすしかありません。10年、20年、もっと先を考えるならば、頭の知識を増やすのではなく、自らの体験を通して「心」を育てる必要があります。野外での「生活体験」と「感動体験」を通して子どもたちに「生きる喜び」と大きな「世界観」を伝えていく。「野外教育」、「ワークショップ」による【場づくり】をするのが森の遊学舎の役割です。
|
|
|
その「根っこを育む自然学校 森の遊学舎」を継続していく中で、もっと自分の暮らしを見直したいと考えるようになりました。 仕事も暮らしも一緒に連動していく中で生かされていく。もっといい暮らしをして、もっといい仕事をして、その中で森の遊学舎の活動が皆さんに理解され、一緒に作っていけるような場所があったらいいなと思い移住を決めました。 |
| ◆移住先は・・・山!! |
| 東京では彼女(※現在の奥様)と一緒に暮らしていました。東京生活2年目位に「次どこかへ移住しよう」という話が出ていて、そこで「山か海なら、山がいいね」と意見が一致していたんです。 |
|
◆移住先を南会津にした決め手「自然」「人」「文化」 |
|
|
僕は南会津に移住するまで、約7~8年通っていました。 大学の時にしていたボランティアの事務局に「始めよう田舎暮らしVol.26」でも紹介されている「酒井富美さん」がいたんです。酒井さんが東京から南会津に移住したので、そこに遊びに来るようになりました。 酒井さんと一緒に、地元のじーちゃんばーちゃんのところに遊びに行った時の事なんですが、その時出してもらった漬物・山菜・キノコ・ごはんや味噌汁まで、出てくるもの出てくるもの全部美味しかったんです。そういう自分たちで作りだすものの「当たり前のレベルが高い」ことに感動しました。僕は大学生の頃から昔の人がやっていることにすごく興味があって、自分でも「やりたいな」と思っていたことの一つが、南会津には既に形になってあったんです。 日本列島の中で、色々引っ越す場所を探しましたが、この地域は一つの集落だけがすごいのではなく、南会津の「地域」として広い面積で素晴らしいものが残っている。今日本中にこんな場所ほとんどないと思います。その「自然」と「人」と「文化」三拍子揃っている南会津で僕が学びたいもの、そして、僕が学んで子供たちに残していきたい。そのリレーしていく間の人になれればいいなと思い、南会津に移住しようと決めました。 自然は素晴らしいけれども人は都会的な生活をしているという場所であれば、そこまで魅力は感じなかったと思います。 |
| ◆彼女にも南会津を気に入ってもらうために… |
|
まず、一度彼女を南会津に連れてこようと思いました。ただ、彼女が兵庫県出身で、雪になじみがないので、いきなり雪の季節は無いかなと。騙そうと思った訳じゃないですよ(笑)。秋の紅葉のいい時期とか、温泉とか、美味しいものとか、そういうものを見てもらいながら「移住先にどうかな?」という話をしたら「じゃ来ようか」と言ってくれたんです。 |
|
◆不動産屋?役場?ちょっと大変な家さがし |
|
|
家を探すのはちょっと大変でした。最初は都会の感覚で、不動産屋さんを探したのですが見つからなかったので、役場に電話しました。まず町営住宅に入って、それから家を探すのもいいかなと思ったんです。 聞いてみると丁度開いているところがあったので、入居の条件等を確認していったら「2週間後に風呂釜を持って入ってください」と言われ、とてもびっくりしました。都会で風呂釜を持って引っ越すなんてことはないので(笑)。これはちょっと無理だなと、その時点で町営住宅は諦めました。 そこで、これは人づてに行くしかないと思い、酒井さんや東京から来る時によく利用していた会津高原尾瀬口駅の前にある食堂のおばちゃんに話してみたりしました。 |
|
|
|
その食堂のおばちゃんがとても良い人で「会津山村道場の近くに空き家が一軒あるよ」と、今の家の大家さんを紹介してくれました。無事家を見せていただけることになったのですが、実はその前に七ヶ岳に登って家の周りの森を見たんですね。人間が住んでいる場所がすごく小さくて、森が素晴らしいくて、こういうところならいいな、と思いました。その後、家の中を見せていただき、すごく気に入ったので、次の日には貸して頂きたいと大家さんに連絡しました。 |
|
◆引っ越してまずしたことは・・・結婚式! |
|
|
2008年の4月に南会津に引っ越しをして、5月に「会津山村道場」で結婚式をしました。それがまたすごく良かった。田島の祇園会館で郷土料理を出している団体(NPO法人はいっと)の方たちにお料理をお願いして地元の郷土料理でもてなしてもらいました。そして昔ながらの校舎が有るのでそこのコテージに泊まってもらって、昔の講堂みたいなところで皆でご飯を食べてという形でした。来てくれた方々はすごく喜んでくれていたし、僕達も楽しかったです。 |
|
|
|
僕の中には「南会津は凄くいい!」という確信がありました。 ただ、それを周囲に理解してもらう為にはちょっと時間をかけなければいけないかなと考えていました。 でも、ここの持っている魅力、地域性、素晴らしさは僕が語るよりも、来てもらうことで自然と伝わっていくんじゃないかなと信じていたので、結婚式はとても良い機会になったんじゃないかと思っています。 |
|
◆引っ越してから気づいた寒さ |
|
引っ越してから分かったことは、想像以上に寒いということですね。もちろん雪国だというのは理解していたのですが、福島県内で一番に近いほど寒い地域だというのは知らなかったです。 この辺は-20度位まで気温が下がるんです。僕は冬山に登っていたので-20度は経験があるけれど、それが日常の中にあるっていうのは自分が思っていたのとは違いました。-20度位になると、水道や排水溝、お風呂まで凍ってしまうので、それを溶かしたり大変なことはありますけど、それはそれでおもしろいです(笑)。 |
|
◆寒いからこそ・・・ |
||
|
僕は冬が好きなので、雪のあるところに住みたかったんです。雪があるということは四季がはっきりしている。春夏秋冬はっきりしているということはその季節の良い所が見える。世の中結構ワサワサしていて、成果を出さなきゃとか色々追われるところはあるかも知れないけど、都会にいる頃は自分もそういうところがあったんですね。 こちらに来てからはすごく落ち着きました。 自然に寄り添うしかない状況ですし、それがまた自分にとっても |
||
|
気持ちがいいんです。寒いということが大変なことはあるけれども、それ以上に「そこに残されている宝物」みたいなものが感じられますね。 |
||
|
◆移住して苦労したことは? |
|
|
うーん・・・と考えても出てこないくらい無いですね(笑)。 ちょっと手間暇かけることが普通なら大変かもしれないけれど、そういうことをしたくて南会津に来たので苦にはならないです。例えば集落の行事とかも楽しいですし。お祭りや草刈りや田んぼの畔を燃やすとか、都会に住んでいたら絶対出来ない事ですしね。そこでじーちゃんばーちゃんと一緒に作業したりすると色々なことを教えてもらえるんです。知らないことをどんどん手間暇かけていく中で知ることが出来るので楽しいです。 |
|
|
◆奥さんの本音を知る |
|
実は、近所の人が僕のいないところで彼女に「こんなところに一緒に来て大変じゃないの?」と聞いたらしいんです。そしたら彼女は考え込んで「強いて言えば朝4時からの除雪車の音かな?車がガタガタと来るとちょっと眠りが・・・」と言っていたらしいんです。ま、それは半分冗談だと思いますけど(笑)。もっと色々不満が出てくると思っていましたが、それなら一緒にいてくれてここでやっていけるな、よかったなと思いました。 |
|
◆ご近所との付き合い、どのようにしてますか? |
|
|
出来るだけ集落の行事は出るようにしています。それがやっぱりこの地域に住んでいる良さで |
|
|
|
もありますし、そこで学べること知れることがあるので。消防団にも入っています。自分の出来ることは地域の中でやっていきたいと思うし、周りの人を真似することで教わることがすごく多いです。地域の人たちが先生で先輩。私は引っ越して来てまだ8年目なので8歳だと思っていますから、子どもが教わるような感覚でいるようにしています。なので回覧板を持っていっても、なるべく話をしてくるようにしています。 |
|
他にも、この藤生地域の歳の神での火起しですかね。実は引っ越してくる前にも一度火を起させていただいているんです。丁度引っ越し準備の為にこちらに来ていた時、歳の神を見せていただき、仲間に入れてもらいました。移住してからは毎年僕が火を起させていただいています。 南会津は歳の神が盛んに行われている地域だと思うので、地域に根付いている火の文化を絶やさないように協力していきたいですね。
|
|
今は何かが無くても自分たちで生み出せる、そういう「自分たちのもとから出てくる力があるとい
うことを感じながら暮らしていける」というのが大きな安心感じゃないかなと思いますね。
|
◆「火起し」との出会い |
|
21歳の時に初めて火起しをしました。大学に火起しを研究している先生がいたので教わってやってみたら初日に火を起せたんです。それで面白くなり、次の日からも練習してみたのですが、3日間火が着きませんでした。その3日間は手に大きな血豆が出来て、痛くて寝られないくらい練習をしました。もし2日目も3日目も簡単に火を起すことが出来ていたら、たぶん火起しは続けていなかったと思います。どうすれば火を起せるか、昔の人はどうやっていたのだろうと試行錯誤し行った事で魅力に憑りつかれたんだと思います。火というのは昔から生活するのにすごく重要なもの。火で温まったり、きれいだなと思ったり、そういう空間がすごく好きなので、「火を起こす」ということを大事にしたいと思って行っています。 |
|
◆火起師(ひおこし)と名乗るということ |
|
|
最初、 自分を何と名乗るかは決まっていませんでした。「火をおこす人」「火おこし名人」「達人」等、色々な呼び名が出てくるんですがどれもしっく りこなかった。それで「火起師(ひおこし)」に決めたんです。それまでは普通に火を起こしていましたが「火起師」と名乗ることで「火起しを伝えていく」ということに心を向ける覚悟が出来ました。例えば神社での奉納や結婚式など大事な場面では、断食して臨んだり、歴史的な背景をちゃんと調べたり。ある程度どんな状況でも |
|
|
例えば雨でも風でも雪や寒い場所でも成功するように練習をしておく。儀式の最中に「火が起きません」なんて言い訳できませんからね。なので「火起師」と名乗る以上、自分の心・体・ 技術・道具、他にも、最終的には火は山から戴いているものなのでお祈りとか、全て含めて「火起し」なんだということを伝えていきたいと思っています。 |
|
★★大西さん火起しノーカット完全版★★
「火起師」と名乗る以上、自分の心・体・ 技術・道具・お祈り、全て含めて「火起し」なんだということを伝えていきたいと語る
大西さんの、火起しの技をご覧ください。
|
◆こめらの森誕生 |
||
|
引っ越して3年目の2008年3月、東日本大震災が起きました。5月に知り合いから「放射線量の高い地域に住んでいて大変だから子どもたちを受け入れてくれないか」と話があったんです。その時は、場所も人手もお金もなくてと無いものを沢山あげて断りました。でも、それがずっと心に引っかかっていて沢山考えました。結局、出来ない理由は沢山あるけど出来る理由を探そうと思ったんです。 |
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ |
|
|
家の目の前に空き家の古民家(写真①)があったので、この空家を借りたらできるようになるかなと。空き家にはゴミも沢山あって(写真②)、トラックで何回も捨てに行きました(写真③)。床板も抜けるような状態でしたので(写真④)畳を全部剥がして、床板の修理もしました(写真⑤)。 |
|
|
|
地元の人たちに協力してもらいながら(写真⑥)夜も作業して1か月半で、子どもたちが夏休みに来れるように直しました。その直していく過程では地元の人たち、それまで出会ってきた人たちや、新たにそこで出会った人たちに助けられ、人と人とのつながりで「こめらの森」は出来上がったんだな |
||
|
とおもうし、人のつながりの中で生かされてきたんだなと感じられた出来事でした。丁度震災の2日前から気仙沼に行っていて、南会津に戻った翌日震災が起きたので、自分たちが生きている意味とか自分が生かされていることとかすごくリアルで、本当に自分は紙一重の中で生かされているんだ |
||
|
なと。そう思うと、今南会津に自分が住んでいて子どもたちの為に出来ることがあるならやりたいなと思ったんです。周りのことや先の事を考えていなかったかもしれないけど、良しと思ったことはやるようにしているので、こめらの森を作らせていただいて、あっという間に5年が経った気がします。
|
||
◆まだ完成途中のこめらの森をご紹介◆
◆こめらの森を支えるのは世界中からの支援◆
こめらの森は、国内だけでなくアメリカ、ハワイ、イギリス、ザンビア、台湾などから世界中から
支援され活動しているそうです。
|
|
||||
◆こめらの森の活動の様子◆
|
★★★森の遊学舎/こめらの森について詳しく知りたい方はこちらのバナーからどうぞ★★★ |
|
|
<<森の遊学舎 入口>> |
<<こめらの森 入口>> |
|
移住してみて一度大変だなと思うと、どんどん大変だと思ってしまうけど、それをどうやって楽しむかが重要。そうしたら毎日楽しいんではないかと思います。 他には自分の興味のあること、好きだなと思うことや、よしやろうと思ったことはどこまで行っても力が出ることなのでどんどん深めて行くと良いと思います。南会津は色んな魅力のある地なので、この地域の良さを感じてもらえれば住んでいる方もうれしいですし、移住して来てもらったら僕だけじゃなくて喜んでくれる人たちじーちゃんやばーちゃんたちが沢山いると思います。 |
|
************************************************************* 田舎暮らしを始めた方のインタビュー他、南会津の情報が沢山詰まった動画チャンネルはこちら |
|
|
移住者・2地域居住の方のインタビュー |
南会津の情報が盛りだくさんの動画 |
【茨城県から檜枝岐村へ 平野 崇之さん】
結婚を機に奥様の地元である檜枝岐村に移住された平野さん。
「民宿 裁ちそばかどや」 尾瀬檜枝岐ガイド「楽」の活動を通して
檜枝岐村というフィールドを余すところなく精力的に活動して
いらっしゃいます。今回はそんな平野さんをブログでご紹介!
結婚を機に11年前に奥様の地元である檜枝岐村に移り住まれた平野さん。
ご自身はスノーボード、奥様はスキーのインストラクターで、日本有数の
豪雪地帯である檜枝岐村に住むことに何のためらいもなかったといいます。
(それどころか豪雪が大好き
)
雪に対しての苦労はまったくないと言い切ります。う~ん、凄い!!
雪のない季節は「民宿 裁ちそばかどや」のご主人として、又、主に冬の活動が
メインで、一年を通して活動する尾瀬檜枝岐ガイド「楽」のメンバーとして活動されています。
そばの打ち方はこちらにきて覚えたという平野さん。そば打ち名人である奥様の
おばあさまを身近で見て(そば打ちを)覚えられたそうです。
檜枝岐村の自然と素材を余すところなく満喫している平野さんです。
檜枝岐村に入り、国道352号線沿いにある「民宿 裁ちそばかどや」
「裁ちそばかどや」は4月下旬~11月中旬の営業になっています。
檜枝岐村の独特な製法で作るそば、裁ちそばの打ち手である平野さん。
全くつなぎを使用しない生そばを伸ばして何枚か重ね、手を定規のように
あて布を裁つように切ることからその名がつきました。裁ちそばの
打ち方を継承する人が段々減ってきている現実を見て、今のうちに
覚えておきたいと檜枝岐村に来てから習得されました。
奥様のおばあさまがそば打ちの名人というとても良い環境だったこともあり
身近に(そば打ち)を実際見て打って学んでという風に覚えていきました。
今では様々なイベントに出向き、そばを振舞うほどの打ち手さんです。
(※写真は檜枝岐村で行われた新そばを味わう夕べでそばを打つ平野さん)
残念ながら冬場はおそば屋さんの方は営業していないので、春になったら
是非とも食べてみたいですね!そして、ご平野さんの打つそばと並んで
人気を誇る看板メニューが「味噌ラーメン」(※写真は味噌チャーシューメン)
ちょっぴりピリ辛ではるばる遠方から食べにこられるファンのお客様も多いとか。
こちらも食べてみたいです~!
「民宿かどやは」通年を通して営業しています。
夏場は4部屋、冬場は3部屋の落ち着いた和室の作りになっている
アットホームな「民宿かどや」 また檜枝岐村は尾瀬檜枝岐温泉の
豊富なお湯を村内全家庭に温泉が引いてあるというから驚きです。
檜枝岐村の素材をたっぷり使った山人料理と温泉で日々の疲れを癒したいですね。
地元の方とのコミュニケーションはどのようにされていますか?との質問に
「檜枝岐村は(お酒)飲みニケーションです。」と答えが返ってきました。
檜枝岐村に来てからお酒を飲む機会が多く、その中で地元の方と仲良く
なっていったといいます。南会津は酒どころ、米どころ。
美味しいお酒が地域に馴染むツールになったこと嬉しいですね。
ちなみにお酒は何を飲みますか?との質問には即答で(!?)「何でも飲みます(笑)
檜枝岐村の(お酒)飲みの文化は凄いです!」と冗談交じりに話して
下さいました。今ではすっかり檜枝岐村に溶け込んでいる平野さんです。
平野さんは檜枝岐村の大自然と豪雪が大好き!檜枝岐をもっとたくさんの
人に知って欲しい、たくさんの人に訪れて欲しいと考えています。
平野さんは檜枝岐村の有志が集まったガイド集団「楽」のメンバーであり
尾瀬散策、登山、ネイチャークラフト、冬のバックカントリーツアーの
ガイドを務め桧枝岐の魅力を発信する活動をしています。
檜枝岐村には手付かずの自然や尾瀬国立公園、きれいな空気と水
また良質な雪がたくさん積もり、自然の良い素材がたくさんあるので
一年中冒険やアウトドア好きの方にとても人気があるようです。
平野さんも雪が降るとワクワクして「もっと振ってくれ!」と思ってしまうとか。
取材にお邪魔したときは、今年の雪の少なさをとても残念がっていました
考えているならば実際に訪れて感じてみて欲しい。
やはり自分自身見て感じてその場所に合うか
合わないかが絶対ある筈なので。
行ったら絶対ここに住む!と(気負う)のではなく
自分が本当に住み易い場所だと感じれば、自然と
ずっとそこに居られると思います。
と、移住を考えている方へメッセージを送る平野さんです。
おいでよ!南会津。では南会津に移住・二地域された方にインタビューをさせていただいております。
取材を終えた後、小学校から帰ってきたお子さんたちとパチリ!
これから3人でスキーに向かいます。気をつけていってらっしゃ~い!
檜枝岐村の大自然を愛してやまない平野さんでした。ご協力ありがとうございました。
|
はじめよう 田舎暮らし 27
|
|
~工藤 裕司さん~
【5年前に東京都から南会津町熨斗戸地区に移住】
南会津で田舎暮らしをはじめたきっかけは…
東京に住んでいた頃に、友人に良い温泉があるよ!と紹介されたのが木賊温泉でした。 清流の流れを目の前にしながら、風情ある露天風呂に浸かれる、こんな温泉は他にない! と木賊温泉の魅力に惹かれて、何度も通うようになりました。 そうして何年も通っているうちに、田舎暮らしをするなら、この場所!と思うようになりました。 田舎暮らしについては、昔から仲の良い飲み友達と「いつかは、のんびり田舎暮らしがしたい」 と良く話をしていました。 東京に住み、ビルやエレベーターばかりを見ていた頃は、山や森の木が見られるだけで新鮮な気持ちになり、田舎に来た!という気分になり満足感が得られました。そこに更に雪まで見られたら…もう最高の気分になれました。 そんな都会の喧騒の中で働く毎日に疲れ、南会津での田舎暮らしを決断しました。
移住後の暮らしについて
南会津町には不動産業が少ないので、住まいを探す際には役場の支所へ何度か足を運んで、空き家についての情報を聞いてまわりました。 高齢化の地域なので、住む人がいなくなってしまった空き家は多いですが、その空き家を見ず知らずの他人に貸してくれる人は、少なくて住まいを探すのには少し苦労しました。 ようやく見つかった家に賃貸で住んでいました。 地域の活動などにも積極的に参加しているうちに、地域の方々ともすぐに打ち解けて色々な話もするようになりました。そんな中、家賃を払い続けている賃貸住宅よりも、安い物件を見つけて購入した方が維持費もそんなに掛からないので、得だよ!と教えてもらいました。 すぐに築100年の古民家の物件が見つかり、リフォームが必要な箇所もありましたが低価格で購入する事が出来ました。 古民家は、現代の住宅には絶対に真似できない独特の風情があります。 そうした風情が好きなので住み心地は良く感じています。
仕事は、車の運転が好きな事もあり、タクシーの運転手の仕事なら長く続けられるだろうと考えて 就職しました。 南会津を良く知らないお客様に、冬の積雪について質問されたりする事も多く、南会津の雪景色を撮影した写真を車内に用意しています。 その豪雪の様子を初めて見るお客様は、とても驚かれるそうです。 また、雪道の運転では、どうしても約束の時間に間に合わなかったりする事もあります。 お客様に大変申し訳なくお詫びをすると「雪が降ってるんだから仕方ないよ!」と、おおらかな対応をしてくれました。 都会なら、1・2分の遅れであっても大きな問題になってしまう事もあると思うと、心救われる想いをしました。 そんな田舎の人の大らかな人柄が大変居心地良く、性に合っているなと感じています。
大変だった事は…
標高が高い場所なので冬の寒さが厳しく、ありとあらゆる物が凍ります。 山道の運転中にアクセルが凍ってしまった事がありました。 山頂までは、仕方なくそのまま辿り着きましたが、帰りをアクセル全開で下り坂を降りる事はなんとか避けようと、アクセルを外してアイドリングで降りてきた事もありました。
冬の家の中では、薪ストーブを使用しています。 薪は、流木やご近所さんがくれる廃材を利用する事が出来るので、石油ストーブのように燃料代がかかりません。そして、薪の量や入れ方を上手に調整すれば、一晩中火を燃やしたまま眠る事も出来ます。 石油ストーブも利用しますが、なるべく薪ストーブを多く使用するようにしています。
今後考えている事は、やはり…冬の防寒対策です。 まだ家の窓が一部、障子の箇所があるので、さすがにガラス窓にはしたいなと思っています。 そして、薪ストーブももう少し大きなサイズの物に買い替えたいなと思っています。
田舎暮らしを考えている方へ…
移住を考えている町村のホームページなどを良く見て、活用できる補助制度などがないか調べておくのが良いと思います。
動画でも是非ご覧ください。
|
★南会津に定住・ 二地域居住された方にお話しを聞く『はじめよう田舎暮らし」シリーズ★
今回は、四国の徳島県から南会津町に22年前に単身で移住し、その後、南会津町でご縁があり、結婚。
今は、「民宿田吾”作」の若女将として切盛りし、イベントの事務局などを引き受け、活動されています。
南会津町での暮らしを満喫している「酒井富美さん」にお話しを伺いました。
|
【酒井 富美さん】 ・徳島県から南会津町へ ・南会津に初めて来たのは22年前 ・南会津町の伊南に住んで20年近くになり 地元の人より、地域LOVE
|
撮影当日は、朝から雨でしたが、「民宿田吾”作」に着くと、雨は上がっていました。
お部屋の方も用意してくださったのですが、せっかくなので、民宿の前で撮影させてもらいました。
伊南川をバックにしての撮影です(*^^)v
酒井さんは、とても明るく、いつ行っても笑顔で迎えてくれる、素敵なLadyです(*^_^*)
撮影の時も終始、笑顔で対応してくださり、酒井さんの人柄が全面に出ているそんな動画に仕上がっていると思います。
酒井さんが、初めて南会津の伊南に来たきっかけから話しが始まります。
22年前に初めて伊南村(当時はまだ村でした)に来た酒井さん。
伊南村に単身で移住することになったきっかけなども、お話ししてくださいました。
伊南に単身で移住した時の話しや、その後、ご縁がり結婚し、民宿田吾”作の若女将として、また、嫁としての
伊南での生活について、良かった事や、悪かった事など、包み隠さず話してくださいましたよ。
・伊南の冬の大変さを学んだ事。
・地域の人たちとの関わりの中で大変な事。
・子育て中の酒井さんが感じた、田舎での子育てについて。
などについてインタビューさせていただきました。
酒井さんは、民宿の若女将として働きながら、イベントの事務局として活動されています。
主なイベントは、2015年で6回目を迎えた「伊南川100kmウルトラ遠足(とおあし)」
2015年に始まった「みなみあいづウルトラ物語(春・夏・冬)など、いろんな企画をし、
伊南地区を盛り上げようと日々、活動されています。
酒井さんにお話しいただいたのは・・・
・イベントの事務局になられたきっかけ
・イベントの事務局としての今後の目標について
・酒井さんが良く友人に話す「願い」「夢」について
さぁーて酒井さんの「願い」「夢」は何だろう???⇒動画をご覧になってください(*^_^*)
最後に、酒井さんから移住を考えている方へメッセージをいただきました。
移住者だからこそ、移住を考えている方の気持ちがわかっているので、とても心強いメッセージを頂きましたよ(*^^)v
絶対、最後まで見てくださいね。酒井さんらしいコメント(気になるぅーーー)も、楽しみにご覧ください。
はじめよう田舎暮らし!26(南会津町) 酒井富美さん
おいでよ!南会津。では、南会津に移住・二地域された方々をインタビューさせていただいております。
豊かな自然、広い空、畑、田んぼ、人と人のつながり、田舎暮らしの魅力です。都会の雑踏を離れ、田舎で暮らしてみたい、ちょっと興味があるというみなさんに、「JOIN 移住・交流&地域おこしフェア」開催のお知らせです。
” JOIN ” とは、自治体と企業(団体)が中心となり、力を合わせて、地方への移住や交流希望者へのニーズに合った情報提供、地域活性化のサービスを提供して日本を元気にすることを目的とした組織 「一般社団法人 移住・交流推進機構( Japan Organization for Internal Migration )」 のこと(JOINのHPより抜粋)。運営しているWEBサイト ” JOIN ニッポン移住・交流ナビ ” には、田舎暮らしの特集のほか、各種フェア、求人情報、空き家情報など、全国の田舎暮らしに関する情報を発信しています。
1/17(日)に開催される、「JOIN 移住・交流&地域おこしフェア」では、移住・交流に関するセミナーや相談コーナー、地域PR・マルシェコーナーなど、全国から400の団体が参加します。また、地域おこし協力隊の求人情報は日本最大級とのこと。福島県からは、南会津地方をはじめ17の自治体・団体が参加します。
田舎暮らしに興味のあるみなさん!ぜひお立ち寄りください。
■開催日時 : 平成28年1月17日(日)
10:00~17:00
■会 場 : 東京ビッグサイト 西2ホール
■ア ク セ ス : ・りんかい線 国際展示場駅 徒歩7分
・ゆりかもめ 国際展示場正門駅 徒歩3分
■内 容 : ・移住・交流セミナー
・移住・交流相談ブース
・地域おこし協力隊ブース
・地域おこし協力隊セミナー
・地域PR・マルシェ
・総合相談ブース
・木育キッズスペース
■その他 : ・申し込み不要
・入場無料
■WEB : JOIN 移住・交流&地域おこしフェア
チラシ(PDF 2ページ 0.76MB)
《 移住・交流ブース 》
■会 津 地 方 : ・南会津地方振興局 ・南会津町 ・歳時記の郷 奥会津
■中通り地方 : ・県南地方 定住・二地域居住相談所 ラクラスしらかわ ・福島市 ・郡山市
《 地域おこし協力隊ブース 》
■会 津 地 方 : ・南会津町 ・西会津町 ・会津坂下町 ・三島町 ・金山町 ・歳時記の郷 奥会津
■中通り地方 : ・白河市 ・伊達市 ・玉川村 ・小野町
■福 島 県 : ・福島県
近年ニュースなどでも耳にする「地域おこし協力隊」を簡単にご紹介します。
《 地域おこし協力隊とは? 》
総務省の取り組みで、人口減少や高齢化等の進行が著しい地方において、地域外の人材を積極的に誘致し、その定住・定着を図ることで、意欲ある都市住民のニーズに応えながら、地域力の維持・強化を図っていくことを目的とした制度です。
具体的には、都市地域から過疎地域等の条件不利地域に住民票を移動し、地方自治体が「地域おこし協力隊員」として委嘱して、一定期間以上、農林漁業の応援、住民の生活支援などの各種の地域協力活動に従事してもらいながら、その地域への定住・定着を図ります。
もっと簡単にいうと、田舎に移住して、その田舎や住む人たちが元気になるよう、様々な活動をしてもらう制度で、おおむね1年以上3年以下の期間、地方自治体の嘱託職員として働いてもらいます。
《 主な活動 》
・農林水産業・産業 : 農林水産業への従事、地場産品の販売、地産地消の推進など
・環 境 : 水源地や森林の保全活動など
・医療・福祉 : 見守りサービス、病院・買い物等の移動サポートなど
・観 光 : 地域の魅力PR、観光ルート企画立案、来訪客サポートなど
・教 育 : 学校行事の支援、子どもとの交流活動など
・地域づくり : 地域行事、伝統芸能の応援、都市との交流事業の応援など
《 平成26年度の隊員状況 》
・隊 員 数 : 1,629名(田舎で働き隊含む)
・取組団体 : 444団体
・男 女 比 : 男性 63.2% 女性 36.8%
・年齢構成 : 約8割が20代・30代
10代 0.1%
20代 40.2%
30代 37.0%
40代 16.0%
50代 5.5%
60代以上 1.2%
※地域おこし協力隊の詳細な情報は、JOIN ニッポン移住・交流ナビで詳しくご紹介しています。
※南会津地方では、現在只見町で「自然首都・只見 観光振興協力隊」を募集しています。
移住を考えるにしても、そんな簡単に決断できるものではありませんよね。そこで、南会津に移住したみなさんにインタビューした動画がお役に立てるかもしれません。
おいでよ!南会津。では、「はじめよう田舎暮らし!」・「楽しもう田舎暮らし!」というテーマで、これまで29人のみなさんにお話しを伺ってきました。良かったこと、大変だったこと、楽しいことなどなど、移住者の生の声をぜひお聞きください。
|
― はじめよう田舎暮らし 25 ―
|
◆南会津に定住・二地域居住された方にお話を聞く「はじめよう田舎暮らし」シリーズ。
今回は東京都から南会津町に移住し、夫婦で喫茶店を経営をしながら
南会津町での暮らしを楽しんでいる「後藤さん」にお話を伺いました。
◆後藤さんは、1997年に東京都世田谷区からご主人と一緒に南会津町の滝原地区へと移住されました。
喫茶店【ハーブ&クラフト 花木香(はなもっこう)】で、時にはクラフト教室を開き、地元の方々や
海外のお客様と交流し、趣味のハーブ栽培や釣りをして、南会津での暮らしを満喫されています。
ハーブ&クラフト 花木香入り口は山の中へと続きます。
◆南会津に来るようになったきっかけは?◆
移住する前は普通の主婦で子育てをしていたと語る後藤さんに、南会津に来るきっかけは
何だったのかとお話を伺うと、
「昔から山や自然が好きで、子供や仲間を連れて渓流釣りに長野や山梨方面に遊びがてら行ったりしてたんです。
ある時、会津の方は釣りをするなら入れ食いだって話しを聞いて、そこから南会津に釣りに来るようになりました。」
と話してくれました。
釣りがきっかけで南会津へ。今では年間券を買って趣味の釣りを、ご主人や釣り仲間と一緒に楽しんでいるそうです。
ご主人と釣りをしている最中に熊に遭遇したのもいい思い出だとか。
◆南会津に住もうと思った理由は?◆
「本当に初めは南会津に住むなんて考えてなかったんですよ」と話す後藤さんに、なぜ住もうと思ったのかを尋ねると、
南会津に釣りに来るようになった頃、南会津町には空き家もあるから借りられるよと言う話を聞いて、趣味仲間と一緒に
2年間の契約で空き家を借りたのが始まりだったそうで、借りた家を拠点に色々な場所へと出掛けていたそうです。
そんな後藤さんも冬は南会津へ来たことが無かったようで、南会津で初めて冬を経験した時は、借りている家の前に
屋根に付くくらいの雪があって、東京ではありえない雪の量に驚きながらも、家に入るために雪の階段を作って
上り下りをして入ったんですよ。と楽しそうに当時を思い出しながら答えてくれました。
「その作業がとても楽しくて、これは冬も南会津で楽しめると思いました」と話す後藤さんはその後、仲間と一緒に
借りた家の契約期間である2年間、冬も楽しく過ごしていたそうです。
借りていた家の側に畑もあったので、そこを借りて趣味のハーブを栽培していたそうですが、気候の違いで育ちが悪く、
寒い場所に強いハーブしか育たなかったこともあり、ハーブ栽培が好きな後藤さんは、楽しいけれど南会津に住むこと
など全く考えていなかったと話していました。
そんな後藤さんの考えを変えたのが、色彩豊かな南会津の自然の風景でした。
春先に借りてた家から見えた向かいの山が、日差しを浴びてとても綺麗で、その美しさに目を奪われた後藤さんは、
山まで歩いて行ったそうです。その日差しが当たっていた場所は、今住んでいる土地(現居住地)で、
そこは平坦な林になっていたそうです。
その時「これはいいところがある。ここの土地だったら住んでみても良いね」なんて話をしていたそうですが、
土地の持ち主が亡くなった時に、たまたま買うことができたので、本格的に家をどうするか考え始めたといいます。
当時の世の中はハーブブームだったこともあり、カナダ大使館に勤めている友人に、色々なハーブのことを
聞いていたので、東京では土地が無くてできないハーブ栽培を、南会津の広い土地でやろうと決めたそうです。
「そしたら趣味の渓流釣りやハーブ栽培はできるし、自分の好きなことが出来るというのが一番の理由ですね」
と笑って答えてくださいました。
趣味の渓流釣りとハーブ栽培。喫茶店を経営しながら休みの日には友人と出掛けたり、ご主人と一緒に近くの温泉や
山へ行ったりと好きなことができて、とても魅力的で楽しい田舎暮らし生活を満喫していらっしゃるようでした。
ハーブ栽培をしている庭は窓から見れます
◆最終的な決め手は?◆
家は山の中ですが、最終的な決め手になったのはなんだったのか疑問に思って尋ねると、
「ここからだと駅が近いのと、駅周辺のお店の方達が凄く親切で、明るくて…そういったのが良かったんです。」
と、駅が近いと言う立地条件もですが、地元の方々の明るさ、優しさなどに惹かれ移住を決意し暮らし始めた
とのことでした。
そんな後藤さんご夫妻に、近所の方々は時々野菜を作って持って来てくれたりもするそうで、
お礼にと近所の方々にお菓子を持って行ってお話などをして交流をしているそうです。
◆実際に住んでみて思うことは◆
移住を始めたばかりの頃、後藤さんは友人に冬は-20度以下になって骨も凍るよと
冗談を言われ脅かされたそうですが、
「実際に住んでみたら雪も年々少なくなっていてそんな事はなく、降っても雪かきが楽しいし移住して
18年住んでいますが、嫌なことはなにも無いです。毎年違うことがおきて楽しいし、本当に移住してきて
本当に良かったと思っています」と話してくれました。
「東京では1日があっという間に過ぎてしまって、日々の暮らしがせかせかしていたけれど、南会津では一日が
のんびりと過ぎていきます。日本昔話のような山里で、日本の原風景がここにはあって、それを四季の移り変わりと
共に一番身近に感じられるのが本当に良い」と、移住してから再度実感したそうです。
昔の人は日の出と共に活動し、日の暮れと共に家路に着くという暮らしでした。
そんな昔と変わらない暮らしができる南会津を、後藤さんは大変気に入っているそうです。
◆お店を訪れる人々◆
後藤さんが喫茶店を経営し始めた理由は色々あるけれど、一番の理由は人との交流が目的でした。
移住したのは良いけれど、誰とも話さない毎日になっては困ると、ご主人と一緒にお店を切り盛りしながら
クラフト教室を開いたそうです。
東京に住んでいた頃から趣味でリース作りなどをしていたので、南会津の山に沢山自生している蔓や山野草などを
利用して、自然の素材を存分に生かしたクラフト作品ができると思い、教わりたいと田島の方などから来た若い方に
作り方を教えているそうですよ。
壁に掛けられたリース
お店は山の中にあるけれど、どのような方が足を運んで来るのか話を伺うと、釣りの雑誌などで口コミで広がって
来る人もいるし、偶々ここに辿り着いた人もいるそうです。一番驚いたのが外国の方も多く足を運んでいる事でした。
外国の方が多い理由は、三春町に住んでいる陶芸の先生が外国で知り合って「日本に来たい」と言う人を
連れてきたり、来た人が他の方に店を紹介してくれるので、自然と外国の方が多く訪れるそうです。
また、来る方はそれぞれの国の芸大や美大を出た方ばかりで、芸術肌の方が多く、写真を撮って置いていかれたり、
お店に来た記念に絵を描いたり、旅の思い出にとノートを書いていくので、お店の中は思い出の品物が沢山あふれています。
陶芸品は売れるなら売って欲しいと陶芸家の方々が置いていったものなので買うことができますよ。
陶芸家の先生とそのお弟子さんが持ってきた陶芸品
後藤さん曰く、この店は「私は変わっていない」と思っている変わった方が多くいらっしゃるそうで、話を聞くとかなり
面白いエピソードが多かったです。
ある時、ウエスタン帽子を被った男性がいきなり「ヤー!!」と叫びながら入って来て「仲間です!」と後藤さんに
言ったそうです。ウエスタンのような格好だったので、何が仲間なんだろうと不思議に思ったと同時にかなり
驚いたのだとか。
呆然としながらも、よく話を聞いてみると、その男性は自分の家を売って京都郊外の山辺に住んだ方だったそうです。
移り住んだのは良いけれど、京都は農薬をヘリコプターで散布する為、せっかく田舎に行ったのに農薬付けになって
しまって困った男性は、農薬付けにならない他のところに移りたいと思って、里山で尚且つ山の直ぐ下でという場所を
探し歩いていたそうです。
山の中に一軒だけ立っているような家を探しては尋ねて行っているそうなのですが、南会津は寒すぎるから…と、
その方は1度来たきりとなってしまったそうですが、ずいぶんと変わった方がいらっしゃいますよね。
また、ある時はお坊さんの集団が来てパーティーをした時もあったそうですよ。
訪れた方が書いた思い出のノート 鹿や猿がよく来る庭
そんな個性的な方が沢山訪れる後藤さんの喫茶店の庭には、動物のお客様も良く訪れるそうで、ハーブの新芽が
出る頃にはニホンカモシカや鹿が新芽を食べに、庭の木の実が色づく秋には熊や猿などが食べに来るそうです。
ハーブの新芽を食べられると、枯れてしまうから食べないで欲しいんですけどねぇ…と話す後藤さんに柵などは
付けないのかと尋ねると、お腹を空かせて食べにくるから自然のあるべき姿のままにしておきたいのだとか。
自分達も自然の恵みを貰っている分、それを返してあげないと、と話していました。自然と共に生きるということを
改めて考えさせられましたね。
◆これから南会津に移住を考えている方へ◆
最後に、後藤さんから南会津へ移住を考えている方へのメッセージをお願いすると、
「南会津は住むには年寄り向きなんです。でも私はこれからの南会津のためにも、元気な若い方に来て欲しいと
思っています。今の若い方は、田舎の不便さを嫌う方が多いと思いますが、だからこそ南会津に来て自然を知って
その中でしか得られない良さを見て欲しいです。できれば小説を書いている方や、絵を描いている方などが南会津
に来て、南会津のいいところをPRしてくれればいいなと思ってます。あくまでも私の希望ですけどね」と、笑いながら
話してくれました。
後藤さん曰く、移住先を南会津で、と決めるとなると、やはり「人」との関係なんだとか。
「水や空気が綺麗な場所は日本の田舎であれば全てがそうだし、畑も南会津に拘らなくてもできますからね。だから
こそ人との関係が大事だと思うんですよ。いくら場所が良くても人との関係が悪いと住みたいとは思わないでしょう?」
一期一会にしても、ずっと住むにしても人との関係で心のあたたかさを感じ安らぎを覚えると、人はその土地に
住むのだと話す後藤さん。
後藤さんも同じように、地域の人たちの親切さや明るさでこの南会津町へと落ち着いたと仰っていたのでとても納得
してしまいました。移住して来る側も、受け入れる側も、人との関係を大事にして欲しいですよね。
後藤さん、ご協力ありがとうございました。
今回は・・・「農活!」のススメです。
南会津下郷町で農活してみませんか?
下郷町にある「クラインガルテン下郷」は、2015年7月現在・・・ 9棟 空きがあります。
クラインガルテンって何?
日本語に訳すると「小さな庭」であるが、「市民農園」とも言われている。クラインガルテンは「クラインガルテン協会」が管理し、希望者は協会員になって区画を借りる。ドイツで最初のクラインガルテン協会は1814年、北部の街カペルンに作られた。その後、1864年にライプツィヒで最初の協会が作られ、ドイツ各地に広まった。1919年には利用者の権利を保護する法律が定められ、国の制度に取り入れられた。(ウィキペディアから抜粋)
クラインガルテン下郷では、現在入居者と農活体験者を募集しております。
クラインガルテンのパンフレットです。。。クリックすると大きくしてご覧いただけますよ!
※クリックすると大きくしてご覧いただけますよ!
※クリックすると大きくしてご覧いただけますよ!
ラウべ(休憩施設)は2階建てで、2階部分はロフトになっています。
1階スペースは、居間とキッチン、バス、トイレがあり、テラス付きです。
木の温もりが温かくとても心地よいスペースになっています。
※クリックすると大きくしてご覧いただけますよ!
ラウベ利用者懇談会にはじまり、収穫祭までたくさんの行事があります。
ラウベ利用者同士の交流で、人とのつながりや輪が広がりますね!
お子さんにも貴重な体験をしてもらえる絶好のチャンスではないでしょうか?
当サイト「おいでよ!南会津。」の特集でもある「はじめよう田舎暮らし」では実際に、クラインガルテン下郷に入居されていた方にインタビューしています。
動画もありますのでぜひ、ご覧になってください。
スタッフブログ【はじめよう田舎暮らし】長谷川さん(下郷町)⇒http://www.aizu-concierge.com/blog/article/10544
◇下郷町役場 産業課 農林係◇
TEL:0241-69-1188 FAX:0241-69-1167
〒969-5345
福島県南会津郡下郷町大字塩生字大石1000番地
E-mail:nourin_01@town.shimogo.fukushima.jp
2015年7月12日(日)
去年に引き続き・・・東京オフィス2015年 第93回ふるさと暮らしセミナー「おいでよ!南会津。」田舎暮らし応援セミナーが開催されました。日曜日のお昼時にも関わらず、事前申し込みが13名、当日参加が5名の計18名の方々が参加してくださいました。
セミナーの進行もスムーズに進み、トラブル等もなく個別相談もたっぷりと時間が取れて、皆さんテーブルを回りいろいろなお話しをされていました。各町村の担当職員の方や、講演者のお二人も親身に相談に応じていました。
今回は、「おいでよ!南会津。」田舎暮らし応援セミナーの模様をご紹介します!
| セミナー開始前の様子・・・ | 受付設置完了・・・ |
東京と福島県の位置関係や、人口の推移・・・人口密度の比較などを説明させていただきました。
各町村の説明も、南会津町と只見町は担当職員の方がいらしてくださったので、それぞれに自己紹介も兼ねて紹介していただきました。私の方からは、下郷町と檜枝岐村の紹介をさせていただきました。
後半では、「おいでよ!南会津。」のHPの紹介や、当社で取材させていただいた方の一覧や南会津のイベント情報などを資料にしてお渡しし、紹介させてもらいました。
★セミナーで使用した資料を一部紹介します★
|
松澤さんは2013年に南会津に移住し、 現在は、「NPO法人みなみあいづ森林(もり)ネットワーク」の事務局長として多種多様 な活動をしています。
新たな活動として、アロマの和精油づくりに挑戦中です。
|
松澤さんは、講演で、移住のきっかけや南会津の魅力など、熱く語ってくれました。
現在、新たな活動としてアロマの和精油づくりのことも、詳しく話しをしていました。
この日、「クロモジ」で作った和精油をセミナー会場に持ってきてくれました。
香りは、桐に似た感じで、森林浴をしているようなとても癒される香りでした。
松澤さんは、南会津を大変気に入っていて、町民の方との交流も密にされており、幅広く活動されています。
また、今、和精油づくりにも兼ねていますが、森林を活かした産業、地域活性化のために尽力しています。
南会津は自然豊かなので、ちょっとしたアイデアで新たな産業が生まれる可能性は大だと。。。
他には、イベントの企画や、現地コーディネーターとして筑波大学の野外研究所の方に南会津での活動の場を提供したりしています。たくさんのエピソードなどを交えて、15分熱弁してくださいました。
若い方のアイデアってすごいなって思います。
いつもの見慣れた風景だから・・・そこに宝があるなんては思わないですよね!
ちょっとした発想の転換で、新たな産業が生まれ、それが地域活性に繋がるなんてすばらしいことだなと本当に思いました。
松澤さん・・・ありがとうございました。
|
小野さんは平成4年(1992年)に神奈川県から移住し、南郷トマトの新規就農をはじめます。
現在は、南郷トマト生産組合副組合長を務め、研修受入農家として後継者指導や、地域農業の発展に積極的に携わっています。
|
小野さんも、講演時間15分、熱く・・・熱く・・・語ってくださいました。
移住のきっかけはもちろんですが、現在、南郷トマト生産組合副組合長、福島県指導農業士、南会津農業委員会委員など務めているので、新規就農の支援の話しや、普通は伏せるところの、トマト農家での売り上げ(年収)を教えてくださいました。
南会津に住んで20年以上を振り返り、南会津での生活などもお話ししてくださいました。
小野さんも、松澤さんと同様に、南会津の地域農業の発展に尽力されています。
すごくパワフルな方で、お話し聞いているだけで元気が貰えました。
お二人の話しを伺い、私はまだまだだなと・・・。
もっと、南会津をPRするため頑張らないと!と再認識させられました。
セミナー参加してくださった方の心にも、熱いものが伝わったと思います。
小野さん・・・ありがとうございました。
福島県南会津農林事務所で毎年行っている事業に「南会津ふるさとワークスティ」というのがあります。
セミナーでは、今回、農林事務所の担当の方が来れなかったため、
福島県南会津地方振興局の長谷川さんより、説明いただきました。
町村からも、下郷町の方が来れなかったため、
下郷町の「クラインガルテン下郷」の紹介も合わせてしていただきました。
上にあるパンフレットを使い、説明させていただきました。
「南会津ふるさとワークスティ」に関しましては、下記ブログをご覧ください。
セミナー終了後は、「南会津町」「只見町」「松澤氏」「小野氏」「農林事務所」「起業相談」「振興局」の7つのブースを作り個別相談会を1時間以上行いました。
今回のセミナーは、スムーズに進行できたため個別相談の時間がたっぷりと取れたので、皆さん、真剣に相談をされていました。
お昼時間にも関わらず、たくさんの方の参加で大成功として終えられた今回のセミナーは、とても有意義な時間を過ごしていただけたと思います。
人口減少に歯止めがきかないこの状況を打破するには、Iターン者を増やすこと、若者を県外に出さない町づくりが必要なのでは?とこのセミナーを通して思いました。このセミナーがきっかけでIターン者が増加してくだされば嬉しいです。
次回のセミナー開催時にはもっとたくさんの方に参加していただきたいと思います。
|
はじめよう 田舎暮らし 24 この場所がいいな!と感じたら…
|
|
~岡村さんご夫妻~
【約20年前に神奈川県から南会津町針生地区に移住】
南会津で田舎暮らしをはじめたきっかけは…
新聞社に勤務されていたご主人が、当時もトレンドだった「田舎暮らし」の記事の取材の為に南会津を訪れました。田舎暮らしをはじめようと思っても、なかなか土地の売り手が見つからず手に入らないという状況があったそうです。そこで、使用されなくなった田畑などの土地を年間十数万円の金額で貸してもらい、その土地に「木造りの家」を建てようという仕組み作ったのが針生地区にある芳賀沼製作所でした。 そうした資料を家に持ち帰ると、奥様が「木造りの家」についてのパンフレットを一目見て「ここに住みたい!暮らしたい!」と言ったのが移住を考えるきっかけとなりました。
岡村さんご夫妻は当時、立地も良くて湘南の海が見えるマンションにお住まいでした。何も不自由のない快適な暮らしでしたが、都会ではなかなか実現できないような広い敷地に庭や畑があり、木材をふんだんに使用した木造りの家に憧れました。 ご主人は、温暖な気候の場所も良いけれど南会津のように雪がたっぷりと降り”荒々しい自然”のある場所で暮らしてみたいという思いもあり、移住には賛成でした。 全国を転勤していた岡村さんは、様々な土地へ行き見てまわる機会も多かったのですが、南会津の環境には特に惹かれました。 周りからは「どうしてわざわざ寒くて雪の多い場所へ?」と言われる事もありましたが、自分自身がそんな場所が好きでした。
そうして夫婦の意見が一致して、「じゃあ早速、家を見に行ってみよう!」という事になり南会津へ足を運んでからは展開が早く、トントン拍子に話が進みました。 ご主人曰く「お金のつじつまが合うと分かれば、他には何も不安はありませんでした。」 奥様の念願だった「木造りの家」も完成し、ご主人も退職前でしたが、仕事の融通も効いた事もあり、はじめて南会津を訪れてから1年も経たないうちに移住する事になりました。 建築中は、完成が待ち遠しくてワクワクしながら月に1・2回は見に行きました。 なんと建築士を目指した事もあるという奥様は、自分で図面を引く事が出来るので、希望通りにつくってもらいました。こだわりは、「すべてが本物の木造りである事」。壁や天井や床板は勿論、使い勝手の良い作り付けの食器棚もオーダーメイドです。 そんなこだわりと夢の詰まった家なので、外出してもすぐに家に帰りたくなるそうです。
お二人の想いが詰まったご自宅は、木の温もりに包まれた温かさと優しさのあふれるとても居心地の良い空間でした。自然に囲まれて、四季を感じながら生活する。そんな日々の「暮らし」をとても大切にしているのが伝わってきます。 リビングの大きなガラス戸からは、陽の光が差し込みます。冬でも晴れた日は太陽の光が差し込み 床板に使用した密度の高い杉の無垢材のおかげで床暖房いらずの温かさなんだそうです。 かつては、奥様の一目惚れからはじまった憧れの田舎暮らし。 今ではその先駆者として、実現し充実した暮らしに憧れる方々が多くいっらしゃる事と思います。
移住後の暮らしについて
ご夫婦それぞれが充実した時間を過ごしています。 ご主人は、 南会津町が町民の健康増進を目的として取り組んでいる「太極拳」を趣味として楽しまれています。これまで一度も習い事をした事が無かったけれど、心身の健康と楽しみのために続けています。3年前からはじめて、今は「奥伝」になりました。続ければ続ける程に、太極拳の奥深さを実感しているので、会う人には太極拳の良さを伝えています。 そして、初心者の方には教える事もしています。教える事で自分も勉強になります。
師範はアジプロファームの星義道さん。今回取材させて頂いた岡村さんもご紹介頂きました。 農業や森林野会、じね~んの森づくり、蕎麦打ちの会など、さまざまな活動をされている星さん、取材の際はいつもお世話になっています。 星さん曰く「現代人早い動作が多いので、呼吸から動作から体に良い事は”ゆっくりと行う事”なんだよ」と教えてくださいました。 確かに日常生活を振り返ってみると、慌ただしく過ごす事が多い事に気づきました。太極拳を体験させて頂いたところ、その日の夜は驚く程よく熟睡できました。 疲れるような動きではないですが、ゆっくりとした動きが身体に効いているという事を実感できました。 参加者の中には80代のおばあさんも参加されていました。身体に負担の少ない動きなので、幅広い年齢の方が参加できます。 そして、二地域居住をされている南会津サポートクラブ代表の野田さんも参加されていました。 南会津を愛する方々は、とても活動的で取材に行くと必ずと言っていい程、お会いする機会が多いです。
「これから力を入れたい活動は?」
南会津地域には広大な面積のブナ林が存在します。それらのブナ林を保護林にしようとする活動をしています。南会津に住まわせてもらっているという事に対しての恩返しとして、力を入れたい活動のひとつです。
また、自家栽培をしている野菜や山菜は農薬も化学肥料も使わずに栽培しています。 農水省のデータによると、化学肥料で育てた野菜とそうでない野菜のミネラル含有量を比べてみると驚くほどの差があるそうです。一般的には、健康のために塩分量を控える事や野菜の量を増やす事などは知られていますが、そうした「量」だけでなく「質」を考える事も重要です。 会津地方の農業を自然遺産にしようという活動をしている友人がいるので、この素晴らしい土地を評価してしてもらう為にも協力したい活動です。 綺麗な水や空気に恵まれて私達の健康にとって良い環境であるという事を多くの人に知ってもらいたいと思います。針生地区にある棚田の周辺では、ホタルが舞う美しい光景が見られるそうです。
「奥様も一緒に太極拳をされますか?」
いいえ。家事をしている事が好きなので、専ら家にいて片付けものや料理の仕込みなどをしている事が多いそうです。特に食事を作る事が大好きなので、パワーも食事作りの為に使っているそうです。 和食もイタリアンも何でも作ります。めんつゆやベーコンなども全て自分で仕込んでいます。 添加物は使わず味付けも素材の味を活かしているので、野菜スープなら塩と野菜の旨味だけで作ります。庭で採れた無農薬の野菜や山菜なども余すことなく使っています。
そんな奥様の噂を聞いて…「従業員に健康的な食事を食べさせたい!」と願う「芳賀沼製作所」の方に頼まれて従業員のお弁当作りの依頼を受けています。 オーガニックの食材を使用した9品目のおかずで作るオリジナルのお弁当作りは奥様の楽しみでもあり、とても遣り甲斐を感じています。 メニューや手順を書いたメモが枕元にたくさん置いてあるんだとか。 ウトウトしている時に思いつく事が多くいので、忘れないように書き留めています。
「困った事や不安は?」
ここ数年の豪雪による除雪作業が大変な事以外は、特に不便な事はありません。 南会津町には、総合病院と医院もあるので病気になった際の心配もありませんでした。 奥様は、2回の手術と入院や通院を経験しましたが、都会よりも待ち時間も少なくて済んでいます。 看護師さんは、いつも丁寧に対応してくれるので安心しています。
目から鱗だったのは…
転勤族で生まれて、ご自身も転勤族として勤務していたご主人と、静岡出身の奥様。 南会津の暮らしで困った事や驚いた事、それは「文化」の違いです。 奥様の出身の静岡では、結婚式やお葬式などにあまり手間をかけずに行う地域柄だったという事もあり 目から鱗だったようです。
お葬式を行う家の近所の人達は、1週間を通して、家族や親戚の方々の食事を3食作りに行きます。 調理方法や味付けにも違いがあり、自分たちのお葬式もやらないと決めているので、地元の方々と同じようにお手伝いする事はしていません。 最近では、葬祭場が出来たので昔ながらの習慣でお手伝いする事はだいぶ少なくなったようです。 何百年と受け継がれてきた歴史のある事を、地元の方と同じような感覚で受け入れて習慣にするという事はとても難しい点もあります。伝え継がれてきた文化の違いには、どうしても埋められない隙間が存在するのは当然の事です。 そうした文化の違いも認め合い、お互い尊重し合う事も大切だと思います。 出来る活動には積極的に参加しています。地域の清掃活動には欠かさず参加し地域の方との交流も深めています。
田舎暮らしを考えている方へ…
「案ずるよりも産むが安し」
色々と心配しているよりも、実際に来てみれば何とかなる場合が多いです。 この場所に住みたいという勘が働いたならば、来てみるのが一番だと思います。 のびのびとした田舎での暮らしは、する事も多いので充実した毎日です。 なんと言っても空気が綺麗で緑の多い場所なので、みんなが元気になれる場所だと思います。
岡村さんご夫妻が自身の移住経験を振り返り、そんな風にお話してくださいました。 ちょっと乱暴な言い方だけど、来てみれば後は何とかなるよ!そう言って笑う姿には、 不思議な説得力を感じてしまいます。
田舎暮らしを求めて移住される方は、”自分達で暮らしをつくりたい”という思いの方が多いです。手軽さや便利さを求めるよりも、昔ながらの方法で手間暇かけて自分の手でつくる。余計なものは省いて、質の良い本物で。そんな生き方を求めて移住されるので、たとえ困難に出会う事があっても、常に前向きに解決されるのだろうと思います。暮らしとは生き方、そう感じます。 そんな生き方に共感する人々が集まって協力し合い、強力なサポートにも恵まれるのだろうと思います。 大切な事は、とてもシンプルな事なのかもしれませんね。
岡村さんご夫妻、ご協力ありがとうございました。
|